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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1625号 判決

控訴人 徐有根 外三名

被控訴人 合資会社日本橋東洋承継人 株式会社 東洋

主文

本件控訴を棄却する。

本件控訴申立後の訴訟費用は全部控訴人らの負担とする。

控訴人らにおいて各自被控訴人のため金五〇万円の担保を供するときは原判決の仮執行を免れることができる。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、双方各代理人において次の如く述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

被控訴代理人の陳述

合資会社日本橋東洋は昭和二六年七月二〇日被控訴会社に合併され、その一切の権利義務は被控訴会社に承継されたものである。合資会社日本橋東洋と株式会社第一製作所及び増田敏夫との間には、東京地方裁判所昭和二五年(ワ)第二八三七号建物収去土地明渡請求事件につき同裁判所が同年七月一三日言い渡した確定判決(甲第九号証)が存し、当該被告たる株式会社第一製作所と原告合資会社日本橋東洋との本件土地賃貸借契約は適法に解除せられて終了したため、右株式会社第一製作所は同原告会社に対し本件土地を明け渡すべく、また増田敏夫は不法占有者として土地所有者たる同原告会社に対し原判決掲記(一)及び(七)の各建物を収去してその敷地を明け渡すべきことを命ぜられ、右各訴外人らに本件土地占有の権原がないことは既に確定しているのである。それ故右増田敏夫もしくは株式会社第一製作所に占有権原あることを前提とする控訴人らの抗弁はすべて失当である。控訴人永代信用組合の商業変更に関する事実は認める。控訴人らの当審におけるその余の主張事実は否認する。

控訴人ら代理人の陳述

(一)  控訴人のうち永代商工信用組合は昭和二五年一二月一二日その商号を現在の如く永代信用組合と変更したのでこれを訂正する。

(二)  被控訴会社と合資会社日本橋東洋との合併の事実及び同合資会社と株式会社第一製作所並びに増田敏夫との間に被控訴人主張の如き趣旨の甲第九号証の確定判決がある事実はいずれも認める。

(三)  然しながら、右判決は当該訴訟の当事者でない控訴人らに対し直接何らの拘束力を有するものでないことは勿論であり、しかもこれは各当事者が本件土地につき至大の利害関係を有する控訴人らを害する目的を以てした通謀による訴訟の結果であるから、控訴人らはかかる判決に拘りなく増田敏夫が本件土地につき賃借権(もしくは転借権)を有することを主張し得べきものである。

(四)  控訴人らは原審以来、控訴人永代信用組合が昭和二五年三月一六日頃被控訴人の前主合資会社日本橋東洋より増田敏夫所有の各建物を近く競落する予定の下に、予め本件土地賃借権の譲受につき承諾を得た旨抗弁したのであるが、その趣旨は同組合が建物の競落を条件として賃借権譲受の承諾を得たことを意味する。すなわち同組合が増田の所有建物を競落すれば、条件は成就し本件土地の賃借権を取得しうべきところ、合資会社日本橋東洋は右競落に至ることを恐れて種々の方法を用い公売手続の進行を阻止しているのであるから、右は民法第一三〇条にいわゆる条件の成就を妨げた場合に該当し、控訴組合は右条件成就したものとみなして本件土地の賃借権を取得したことを主張しうるのである。

(五)  増田敏夫所有の本件各建物については、昭和二四年八月二三日強制管理手続が開始され、建物の管理権は強制管理人の支配に移つたのであるが、これと共に当該建物敷地の賃借権も右管理人の支配下に入つたものと解すべく、従つて土地賃料の支払催告または賃貸借解除の意思表示は強制管理人たる執行吏山内伴治に対してなされなければならぬ筋合である。もしこれらの手続を賃借人に対してなすだけで足りるとするならば、強制管理人不知の間に敷地使用権が失われ、強制管理の目的を達することができない不当な結果を生ずることとなる。然るに被控訴人の主張する昭和二五年五月八日の賃貸借解除、同年五月一一日及び同年一一月二五日の各催告並びに解除はいずれも株式会社第一製作所または増田敏夫に対してのみなされたのであるから、法律上その効力を生ずるに由なきものである。

(六)  仮りに増田敏夫が本件土地の賃借人でなく、株式会社第一製作所が賃借人であつたとしても、増田敏夫は原判決掲記(一)、(七)の建物敷地につき、同八重子は同(八)の建物敷地につきそれぞれ賃貸人の承諾を経た適法の転借権を有するものであつて、該転貸借関係はこれを被控訴人に対抗しうるのである。而して控訴人周、風間、徐は右各建物の賃借人として、控訴人永代信用組合は右(八)の建物並びに敷地転借権の譲受人として本件土地占有の正当な権原を有することを主張する。

(七)  被控訴人の昭和二五年五月八日附解除が効力を生ずるに由なきこと原判決摘示の控訴人らの抗弁(七)、(八)等に記載の如くであるが、合資会社日本橋東洋の提訴による甲第九号証の確定判決では右解除によつて本件賃貸借は消滅したものと判定されたのである。本件宅地の賃貸借がいつ消滅したかは、いつからその明渡請求ができるかということであつて、甲第九号証の判決主文に直接かかわることであるから、右会社の承継人である被控訴人は、右判決の既判力の効果として株式会社第一製作所並びに増田敏夫に対し右解除の日時を異にして主張し得ない。すなわち被控訴人は、右借地人らに対して甲第三号証の一、甲第八号証の一等による解除の事実を主張し得ない。控訴人らは右判決の当事者の承継人ではないから、右既判力の拘束を受ける者ではないが、被控訴人としては右判決の適用によつて右第一製作所の借地権が昭和二五年五月九日限り消滅したいという権利関係を確定しておきながら本訴においてこれと矛盾する解除を主張するのは禁反言の原則からいつても許れない。

(八)  本件解除の意思表示は合資会社日本橋東洋の事実上の主宰者たる北村親吉と株式会社第一製作所の事実上の主宰者たる増田敏夫が共課の上、本件宅地上の居住者を立ち退かせる目的を以てなされたものであるから解除権の濫用であつて効果を生じない。

(い)  控訴人徐、周、風間は、いずれも莫大な金を出して借家権を得たもので、増田敏夫において同控訴人らに建物賃貸借解約をするならば正当の事由なきものとしてその効果が認められないこと明らかであるところ、前記北村と増田は控訴人らを立ち退かせ本件宅地を更地とするにつき共通の利害を有するのであつて、本件解除は借地契約解約の正当事由もないのに拘らずこれあるが如き体裁を作つて不当に控訴人らの借家権を奪わんとするものであり、それが認容されるならば結局控訴人らは正当な事由なくして借家権を奪われると同一の結果となる。

(ろ)  合資会社日本橋東洋の本件宅地買取の目的は本件宅地を含む一九七坪七合八勺の地上に鉄筋コンクリート造地上九階地下二階建ビルを建築し、同所においてレストラン貸ビル業を経営せんとするにある。然るところ右会社はすでに右一九七坪七合八勺のうち一二八坪六合五勺の部分は買い受け取得していたのであるから、本件宅地を合せなくともその地上にビル建設をなし得るのであつて、ビル建設を本件地上にまで拡張することはぜい沢な欲望というべく、少くとも控訴人らの支出した莫大な金銭をぎ牲にしてもよい程度の妥当性は存しない。

(は)  賃貸借契約において賃貸人に賃料債務不履行による解除権が認められるのは、賃借人に賃貸物を円満に使用させることを前提とする。ところが前記のような目的で本件土地を買い受けた合資会社日本橋東洋には、右土地についての賃貸人たる地位を承継したとしても、賃借人に賃貸物を使用させる意思ははじめからなく、かかる見せかけの賃貸人には賃料債務不履行を理由とする解除は認容さるべきでない。

(に)  賃貸人に賃料債務不履行による解除権を与えたのは賃料請求権の保護を目的とする。然るに本件契約解除前提たる催告において、合資会社日本橋東洋は賃料の支払を受ける意思など毛頭なかつたのであり、当然予測された増田敏夫の不払による契約解除の効果のみを狙つたものであるから、本件解除は効力を生じない。

(ほ)  要するに合資会社日本橋東洋は本件土地を賃貸借解除を見込んで買い受けたのであり、賃借人と通謀、馴合の上本件解除をしたものである。

証拠として、被控訴代理人は、甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四ないし第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一一号証を提出し、原審証人増田敏夫(第一、二回)、北村親吉の各証言、当審(差戻前)における被控訴会社代表者北村親吉の尋問の結果を援用し、乙第一ないし第九号証、第一二号証の二、第一四号証、第一五号証の一、二、第一六号証の成立、第一八ないし第二〇号証の原本の存在と成立、第一七号証が現場写真であることはいずれも認めるが、乙第一七号証の撮影日時及びその他の乙号各証の成立は不知である、と述べ、控訴人ら代理人は、乙第一ないし第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一、二、第一二、一三号証の各一ないし三、第一四号証、第一五号証の一、二、第一六ないし第二〇号証を提出し、乙第一七号証は昭和二九年三月二〇日頃撮影した現場写真である、と説明し、原審証人松本乃武雄、当審証人宍室六三郎、松本乃武雄、吉川万蔵、吉田正一、堀田久助(以上差戻前)、宍室六三郎、増田敏夫、蔡昭星(以上差戻後)の各証言並びに控訴人風間辰治の当審(差戻前及び差戻後)における尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認め、甲第四、第五号証を利益に援用した。

理由

合資会社日本橋東洋が東京都中央区日本橋通一丁目四番地三所在宅地一九七坪七合八勺のうち本件の土地六九坪一合三勺を前所有者たる鹿島利右ヱ門から買い受けその所有権を取得し昭和二五年四月一二日その所有権取得登記をしたことは、当事者間に争なく、成立に争なき甲第一号証によれば、右買受取得の時期は同月一〇日であつたものと認められる。そして、右地上に増田敏夫の所有にかかる(一)家屋番号同町四番の一〇、木造トタン葺二階建店舗一棟建坪実測二〇坪七合二階一二坪(登記簿面建坪一五坪二階一〇坪)(二)木造トタン葺平家一棟建坪実測一七坪七合(登記簿面建坪一四坪)が存在し、控訴人永代信用組合(旧商号永代商工信用組合を改称)が(三)家屋番号同町四番の二四、木造トタン葺平家建店舗一棟建坪実測一四坪中二階九坪五合(登記簿面建坪一四坪)を所有すること、控訴人周、風間が右(一)の建物のうちそれぞれ被控訴人主張の部分を、控訴人徐が右(二)及び(三)の建物を占有し、以上の如く控訴人らにおいて右各建物を占有または所有することよりその各敷地を占有していること、及び合資会社日本橋東洋が昭和二六年七月二〇日被控訴会社に合併され、被控訴人においてその一切の権利義務を承継したことは、本件当事者間に争がない。

控訴人らは、右土地占有が被控訴人に対抗し得る権限に基くことを主張するが、控訴人らの正権原の主張のうち、原判決摘示の控訴人らの抗弁(一)ないし(四)及び当審における控訴人らの陳述(四)の主張は、その趣旨とするところを要約するに、本件土地はもともと増田敏夫が合資会社鹿島中店から賃借したもので、同人は右(一)、(二)の建物敷地につき現在まで適法な賃借権を有し控訴人風間、徐は昭和二五年三月一日、控訴人周は同年六月一日、右各建物の強制管理人から建物を賃借してこれを占有することによりその敷地を占有しているものであり、(もつとも右原判決摘示の抗弁(二)及びこれをふえんした当審における陳述(四)は、右(一)、(二)の建物敷地については控訴組合において増田敏夫の有する賃借権を譲り受け取得した旨主張するものの如くであるが、右(一)、(二)の建物は現に増田敏夫の所有に属するものであるから、右主張はその主張自体控訴人風間、徐、周に関する前記主張とたがいに矛盾撞着するものであるが、この点はあえていわないこととする。)、また右(三)の建物は増田敏夫の妻八重子が昭和二三年一〇月五日これを建設所有すると共に敷地二〇坪二合五勺につき増田敏夫から賃貸人の承諾の下にその賃借権の譲渡を受けたところ、控訴組合は昭和二四年七月三〇日増田敏夫に対する債権の代物弁済として右建物の所有権を取得すると同時に八重子から適法に右賃借権の譲渡を受けたものであり、控訴人徐は控訴組合の承諾の下に右建物を使用することによつてその敷地を占有しているものである、というのであつて、ここに控訴人らが本件土地占有の権原として主張するところは、ひつ竟増田敏夫と合資会社鹿島中店との間に本件土地の賃貸借契約が成立したことを前提とするものである。

そこでまず、控訴人ら主張の如く増田敏夫と右鹿島中店との間に本件土地の賃貸借が成立したか否かにつき検討するに、本件にあらわれたいかなる証拠によつてもかかる事実を確認することはできず、却つて成立に争なき甲第四、第五号証に原審(第一、二回)並びに当審(差戻後)証人増田敏夫、原審証人北村親吉、当審(差戻前及び後)証人宍室六三郎の証言を綜合し、かつ成立に争なき甲第二号証の一、二によつて認められる、合資会社鹿島中店から株式会社第一製作所に対し昭和二五年五月九日に、本件土地は同年四月一二日合資会社日本橋東洋が買い受け取得するに至つたので右鹿島中店と右第一製作所間の本件土地の賃貸借関係は右日本橋東洋の承継するところとなつた旨の通知がなされた事実及び本件においてこの通知に対し右第一製作所からなんらかの異議が述べられた形跡の見るべきものがない事実を附加し、弁論の全趣旨を斟酌して考えると、本件土地の賃貸借関係、その推移は次の如くであることが認められる。

すなわち、本件土地を含む宅地一九七坪七合八勺の所有者であつた鹿島利右ヱ門は、この全部の土地を合資会社鹿島中店に管理させていて、右鹿島中店はこの土地を横浜地所株式会社に賃貸していたところ、株式会社第一製作所は、昭和二一年五月一日右一九七坪七合八勺の賃借権を賃貸人たる合資会社鹿島中店の承諾を得て前賃借人横浜地所株式会社から譲り受け、ここに増田敏夫の主宰する右第一製作所が増田を代表者として、この一九七坪七合八勺の土地を右鹿島中店から、木造普通住宅所有の目的で期間は前賃借人の残存期間を承継して賃借したもので、増田個人はこれにつき連帯保証をしたのであるが、その後同年六月一九日右第一製作所は賃貸人たる右鹿島中店の承諾を得て右一九七坪七合八勺のうち一二八坪六合五勺の賃借権を合資会社日本橋東洋に譲渡したので、本件土地たる残余の六九坪一合三勺についてのみ賃貸人合資会社鹿島中店、賃借人株式会社第一製作所間の賃貸借が存続することとなり、そして後に昭和二五年四月に至り合資会社日本橋東洋が本件土地を鹿島利右ヱ門から買い受け取得するに至つて、従前の賃貸人たる合資会社鹿島中店と土地取得者たる右日本橋東洋との合意と賃借人たる株式会社第一製作所の暗黙の同意とによつて、右日本橋東洋は合資会社鹿島中店の賃貸人たる地位を承継し、ここに合資会社鹿島中店と株式会社第一製作所との間の本件土地の賃貸借は賃貸人が交替しただけでそのまま合資会社日本橋東洋と株式会社第一製作所との間に存続するに至つたのである。

かように認定されるのであつて、前記甲第四号証の賃貸借公正証書の第一条に「増田敏夫ハ之ヲ賃借シタリ」とある字句は、ほんらい「第一製作所ハ之ヲ賃借シタリ」とすべきところを誤記したにすぎないことは、同条の文言自体その他右公正証書の記載全体に照して極めて明白であり、また増田敏夫に宛てた成立に争なき甲第六、第七号証の各一の封書に「従来貴殿と賃貸借契約中の」とか「貴殿賃貸地」とあるのも、前記の如く増田が株式会社第一製作所の主宰者であり、同人が右会社を代表して本件土地を賃借した関係上、誤つてかように記載するに至つたと見るのが相当である。(同趣旨の差戻前の当審証人宍室六三郎の証言参照)成立に争なき乙第一六号証の供述記載は毫も本件土地の賃貸借に関する以上の認定と矛盾するものではなく、他に以上の認定を覆し増田敏夫個人が本件土地を賃借したものとなすべき資料は存しない。なお控訴人らは、本件土地の賃借人が株式会社第一製作所となつていても、右会社の目的上右のような賃貸借契約を締結することはできないから、増田敏夫が賃借人となる旨主張するけれども、成立に争なき乙第九号証によれば、右会社は電気機器並びに航空機部品代用ベルトの製造販売等を目的とするものであることが認められるのであるから、建物所有の目的を以てする本件土地賃借の如きはその目的たる事業の遂行上必要なるものというべく、これを目して会社の行為としてはその目的の範囲外なる無効のものであるとすべきでないのは勿論である。(附言するに、本件賃貸借当時右会社が社運衰微、活動不十分の実状にあつたとしても、かかる現実は、本件土地の借主が右会社であること、並びに右賃貸借が右の如き目的を有する右会社の目的の範囲内なりとする判定を妨げるものではない。)

以上によつて本件土地を増田敏夫が賃借したことを前提として控訴人らに土地占有の正権原ありとする前記抗弁の採用できないことは明白であるが、控訴人らは、次に、仮りに増田敏夫が本件土地の賃借人でなく株式会社第一製作所がその賃借人であつたとしても、増田は前記(一)、(二)の建物敷地につき、増田の妻八重子は同(三)の建物敷地につき、それぞれ賃貸人の承諾を得た適法の転借権を有するものであつて、この転貸借関係はこれを被控訴人に対抗し得るものであり、また控訴人永代信用組合は右(三)の建物並びに敷地転借権の譲受人として、その敷地占有の権原を有するものであり、これら地上の建物を所有者たる増田敏夫または控訴組合から賃借使用しあるいは承諾を得て使用することによつて敷地を占有する控訴人周、風間、徐らも右敷地につき占有の権限あり、と主張するので(控訴人らの当審における陳述(六))、以下この点につき判断する。

当初本件地上に増田敏夫が右(一)、(二)の建物を建築所有し、その敷地たる土地は同人において賃貸人の承諾を得て株式会社第一製作所から転借したことは、被控訴人の認めるところであつて、成立に争なき乙第一号証によれば、昭和二二年一二月二九日右建物につき保存登記がなされたことを認め得べきところ、転貸借は賃借人が賃借物をさらに賃貸するだけのことでそれは賃貸借に外ならぬから、右の如く有効に成立した建物所有を目的とする転貸借については建物保護法の適用があるのは勿論であり、従つて増田敏夫は特段の事由なき限り右各建物の敷地の転借権を以て、前記の如く昭和二五年四月本件土地の所有権を前所有者から取得し、同時に前賃貸人からその賃貸人たる地位を承継した合資会社日本橋東洋に対し、ひいて同会社を承継した被控訴会社に対抗し、主張し得る筋合である。次に増田八重子が当初本件地上に右(三)の建物を建築所有し、その敷地たる土地は同人において賃貸人の承諾を得て株式会社第一製作所から転借したこともまた被控訴人の認めるところであり、成立に争なき乙第二号証によれば、昭和二三年一〇月五日右建物につき保存登記がなされ、また控訴人ら主張の如く、昭和二四年七月三〇日控訴組合が右建物の所有権を取得して当時その登記を経たことは認められるけれども、控訴組合において賃貸人の承諾(この場合はもとの賃貸人及び転貸人双方の承諾が必要である。)を得て転借権の譲渡を受けた事実についてはこれを確認すべき証拠がないから、右転借権の譲渡は少くとも賃貸人に対抗することはできず、従つて(三)の建物敷地について控訴組合が転借権の適法譲受人なりとしてなす控訴組合の右敷地の占有権限の主張も、これを前提とする控訴人徐の同敷地についての占有権限の主張もすでにこの点において失当というべきであるが、もし控訴人らの主張する如く控訴組合において適法に転借権を譲り受けたものとすれば、さきに増田敏夫の(一)、(二)の建物敷地の転借権につき説示したと同様に、控訴組合の(三)の建物敷地の転借権なるものも特段の事由なき限り被控訴人に対抗し、主張し得ることになるのであるから、ここには譲つて、いちおう右の適法な転借権の譲渡があつたものとし、増田敏夫の前記転借権がはたして-いわゆる特段の事由なるものはなくて-被控訴人に対抗、主張し得るものであるかにあわせて、控訴組合の転借権なるものについても、判断することとする。

右の賃借権を対抗、主張し得ない事由として、被控訴人は、まず、合資会社日本橋東洋と株式会社第一製作所及び増田敏夫の間には、東京地方裁判所昭和二五年(ワ)第二八三七号建物収去土地明渡請求事件につき同裁判所が同年七月一三日言い渡した確定判決が存し、当該被告たる右第一製作所と原告たる右日本橋東洋との本件土地賃貸借契約は適法に解除せられて終了したため、右第一製作所は同原告会社に対し本件土地を明け渡すべく、また増田敏夫は不法占有者として土地所有者たる同原告会社に対し前記(一)、(二)の各建物を収去してその敷地を明け渡すべきことを命ぜられ、右各訴外人らに本件土地占有の権限がないことはすでに確定しているのであるから、増田敏夫もしくは株式会社第一製作所に占有権原あることを前提とする控訴人らの抗弁は失当である、と主張し、右の各当事者間に右の如き趣旨の確定判決の存することは控訴人らの認めるところであり、成立に争なき甲第九号証によれば、右判決では合資会社日本橋東洋と株式会社第一製作所との間の本件土地の賃貸借は賃料債務不履行によつて昭和二五年五月九日適法に解除せられた旨判定せられていることが認められ、また弁論の全趣旨によれば、右判決に対しては上訴の申立なくしてそのまま当時確定したものであることが窺われるけれども、さきに見た如き関係にある控訴人らが、右の確定判決によつて当然に被控訴人主張の如き法律上の拘束を受けると解すべき法理上の根拠に乏しいから、被控訴人の右主張は採用できない。

そこで進んで控訴人らの前記転借権を援用しての主張は、基本たる賃貸借が消滅したから失当である旨の被控訴人の主張について判断する。被控訴人は、この点につき、まず、合資会社日本橋東洋と株式会社第一製作所との間の本件土地の賃貸借は右日本橋東洋において本件土地を買い受けてその旨の登記を経由し、また右土地の賃貸人たる地位を承継した当時、右第一製作所の合資会社鹿島中店に対する昭和二三年一月一日以降昭和二五年三月末日までの、本件土地の延滞賃料債権五万一二一八円九八銭の譲渡を受けたのであり、そして右日本橋東洋の承継した賃貸借には賃料を一ケ月以上延滞したときは催告を要せずして賃貸借を解除し得る旨の特約が存したので、右鹿島中店は昭和二五年五月九日株式会社第一製作所に到達した書面で、合資会社日本橋東洋の代理人として賃貸借解除の意思表示をなし、これに併せて(本人として)延滞賃料債権を合資会社日本橋東洋に譲渡した旨の通知をした、と主張する。(原判決摘示の被控訴人の再抗弁(一))、しかし、被控訴人がこの解除の意思表示、債権譲渡の通知についてその立証に供する前記甲第二号証の一の通知書(同書面が被控訴人主張の日に到達したことは同号証の二によつて明らかである。)によつて被控訴人主張の如き代理人としての意思表示、本人としての通知が相並んで有効になされたものと認めることは困難であり、右通知書の記載全体を検討するとき、これによつては単に合資会社日本橋東洋の本件土地所有権の取得に伴い合資会社鹿島中店はその賃貸人たる地位と既往の延滞賃料債権(昭和二三年一月一日以降昭和二五年四月一一日までのもの合計金五万二三四二円八銭)を合資会社日本橋東洋に譲つた旨の、右鹿島中店の通知が適式になされたものとしてこれをとらえるのが相当であるから、被控訴人の右主張はこの点で失当であつて、採用し難い。そこで被控訴人が次に主張する解除(前同被控訴人の再抗弁(二))について判断する。成立に争なき甲第三号証の一によれば、合資会社日本橋東洋が被控訴人主張の如く昭和二五年五月一一日株式会社第一製作所に到達した書面でその譲受にかかる昭和二三年一月一日から昭和二五年四月一一日までの本件土地の延滞賃料金五万二三四二円八銭及び右日本橋東洋の賃貸借承継後の賃料を書面到達後三日以内に支払うべく、もし右期間内に支払わないときは本件土地の賃貸借を解除する旨の催告並びに条件附意思表示をした事実を認め得べきところ(この事実はむしろ控訴人らの明らかに争わないところである。)、前記の如く合資会社鹿島中店から右第一製作所に対し昭和二五年五月九日本件土地の昭和二三年一月一日以降昭和二五年四月一一日までの賃料債権を譲渡した旨の通知があつたことが認められる以上、反証なき本件においては右賃料債権譲渡の事実はこれを推定すべきであると共に、前記甲第四、五号証によれば合資会社日本橋東洋の承継した本件土地賃貸借の賃料支払期は各月末払であることが認められるところ、右催告にかかる賃料債権を右第一製作所が当時においてその賃貸人に支払つたものであることは控訴人らの主張、立証しないところであるから(却つて、原審証人増田敏夫(第一回)の証言によれば右第一製作所は昭和二三年頃からは地代の支払を怠り来つたことが認められる。)、右催告当時において、右催告にかかる債権中昭和二三年一月一日以降昭和二五年四月末日までの賃料債権は弁済期の至つたものとして、存在していたものとなすべきである。然るに右第一製作所が右催告に応じて所定期間内に賃料の支払をしたこともまた控訴人らの主張、立証しないところである。然らば、本件賃貸借は昭和二五年五月一四日の経過と共に解除によつて消滅したものとなすべきところ、控訴人らはこれを争うので、以下控訴人らの主張について検討する。

控訴人らは、賃料は地代家賃統制令の修正率の改定によつて当然に増額せられるものではないから、値上の請求をしないで値上賃料によつてなされた本件賃料催告は過当催告であつて、これを前提とする右解除は効力を生じない、と主張する(原判決摘示の控訴人らの抗弁(十一))。もとより控訴人らの主張する如く、地代家賃統制令第五条に基いて統制額に対する修正率が定められその告示がなされたからといつて、特段の事由のない限りそれによつて当然に当事者間に定められた賃料額が右修正率によつて増額されるものではなく、これがためにはその旨の当事者間の合意または賃貸人から賃借人に対する増額の意思表示をなすことが必要であるとするのが正論であるけれども、当事者が右の告示のある場合これに従つて当然賃料の増額さるべきことを特約することは、地代家賃統制令の趣旨に反するものでもなく、契約自由の原則上差支ないことである。本件において前記甲第四号証の賃料に関する条項の文言のみによつては未だ右のような特約を肯認するには足らないが、原審証人増田敏夫(第二回)の証言の全趣旨からすれば、右条項に関連して、右条項の解釈として、本件賃貸借の当初において賃貸人合資会社鹿島中店と賃借人株式会社第一製作所との間に右のような当然増額の趣旨とする諒解ができていたことを窺い得るから、賃料増額がなされていないとして値上額による催告を難ずる控訴人らの主張は採用できないし、仮りに右のような当然増額の旨の諒解、特約が存しなかつたとするも、加うるにまた前記催告が統制令所定の額をもこえた賃料額についての催告であつたとするも(控訴人らの「本件賃料催告は過当催告である」となす主張の中にはこの後者の趣旨をも含むものと解する。)、要するに前記催告にかかる賃料額が地代家賃統制令所定の限度額をこえていたということだけでは、前記第一製作所は賃料債務不履行による解除の効果を免れ得べくもないこと次に説く如くである。すなわち、前記甲第三号証の一によると本件催告にはその催告にかかる全額でなければ受領しない意思が表示されているとはとうてい認め得ないのに拘らず、右第一製作所は右催告期間内にその自ら正しいとする賃料額についてすら弁済の提供をしたことは控訴人らの主張、立証しないとこころであり、弁論の全趣旨によればなんらの弁済の試もしなかつたことが明らかであるから、右第一製作所は不履行の賃を免れ得べくもない。

次に解除の効力を争う控訴人らの主張のうち、原判決摘示の控訴人らの抗弁(五)ないし(八)は本件においてこれを判断するの要なきこと前記判定に徴して明らかであり、(九)は控訴人らの独自の見解であつて採用できず、(十)は採用できない見解であるのみならず本件において判断の要を見ないこと前記判定によつて明らかであり、(十二)も控訴人らの独自の見解であつて当裁判所の従い得ないところであり(十三)もそれ自体本件にかかわりなきものの如く、少くともその主張の如き事実があつたとしても、これによつて本件賃料債権(株式会社第一製作所に対するもの)の放棄を認めしめる必然性も合理性もないから問題とならず、控訴人らの当審における陳述(五)、(七)も控訴人らの独自の見解であつてもとより採用の限りでない。

そこで終りに、本件賃貸借解除が権利濫用であるとする控訴人らの主張(原判決摘示の控訴人らの抗弁(十四)及び当審における陳述(八))について判断するに、この点については原判決の説示(原判決一八枚目表一行目から二〇枚目表九行目まで、但し、原判決二〇枚目表一行目に「昭和二十一年六月十九日」とあるのを「昭和二一年五月一日」と改める。)を引用するほか、次の如く附加して、結局控訴人らの主張は理由なきものと判定する。控訴人らの主張の中には本件解除によつて控訴人らの被る経済的損失と、これによつて受ける合資会社日本橋東洋、その承継人たる被控訴人の利便の比較の一事から本件解除を権利濫用であるとする部分があるけれども、賃料債務不履行を賃貸借解除の原因とし、これによつて土地賃貸借が解除された場合に右借地を転借して地上に家屋を所有する者、右家屋を右の所有者から賃借占有することにより土地を占有する者が賃貸人に対し土地占有の権限を失うという法の立前の下で、単純に右解除の場合に土地賃貸人の受ける利便と土地転借人ないし家屋占有者の被る損害の比較の一事から権利濫用をいうことはできない。(その較差が社会通念の認容しない程度に達するというような異例の場合にはあるいはこの一事によつて問題となる余地もあり得ようが、本件がかかる場合にあたることはもとよりこれを認める資料がない。)控訴人らはまた、合資会社日本橋東洋はビル建設を目的とし賃貸解除を見込んで本件土地を買い受けた上、右目的を以て本件解除をなしたものであり、右解除は賃借人と通謀、馴合の上なされたものであると非難する。然しながら経済取引、権利行使をする者に、これによつて達成しようとする経済的目的の伴うのは当然のことであり(賃料不払を理由に賃貸借を解除する場合についていえば、解除者にして解除後の賃貸物件の利用方法を予定しない者は稀有であろう。)、かかる経済的目的が不法であれば格別ビル建設はなんら不法のことではないから、本件解除に控訴人主張の如き目的があつたからとて違法視するには当らず、このことは賃貸借解除を見込んで(解除できるという見とおしで)土地を買い受けた上賃貸借を解除したからとて同様であつて、これ正に許されたる経済取引の自由の範囲内のことである。控訴人らの主張する通謀、馴合の事実は認められず、その否定せらるべきこと原判決の説示するとおりである。合資会社日本橋東洋が本件土地を買い受けるにあたり解除を見込んでいた(解除できると思つていた。)というだけのことから、控訴人ら主張の如く右会社に賃貸物を賃借人に利用させる意思がなかつたものとすることはできず、また右会社に本件解除にあたり催告にかかる賃料の支払を受ける意思がなかつた事実などもとより認むべき資料はない。

然らば合資会社日本橋東洋と株式会社第一製作所との間の本件土地の賃貸借は昭和二五年五月一四日、賃料債務不履行を理由とする右日本橋東洋の解除によつて消滅したこととなり、従つてここに右土地についての増田敏夫の転借権または控訴組合の転借権はもつて賃貸人たる右日本橋東洋に対し本件土地占有の権原として主張し得ざるに至つたものというべきであるから、右転借権を援用して右日本橋東洋の承継人たる被控訴人に対する本件土地の占有の権原として主張する控訴人らの抗弁は失当として排斥すべきである。

然らば控訴組合に対し本件地上の前記(三)の建物の収去及び敷地の明渡を求め、その余の控訴人らに対しそれぞれ同(一)ないし(三)の家屋から退去して敷地を明け渡すべきことを求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり、同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。よつてこれを棄却すべく、民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条、第一九六条第二項を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 古原勇雄)

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